優柔不談

冬になれば夏を、夏が来れば秋を思う。

先日5月13日。 原稿を打つ手を止め、ふとスマホの画面に目をやると祖母からLINEが来ていた。

 

「誕生日おめでとうございす」

 

文字通り「ま」が抜けた文章が目に入り、会社にいるのに思わず吹き出しそうになる。

もっと間が抜けているのは、私の誕生日が5月の13日ではなく、19日であることだ。
実を言うと、6年前にも17日におめでとうのLINEが来ている。

当然だが別に誕生日の数字なんていくら間違われたって何も気にならない。
なんとなく素数のイメージだけはあるんだなと、20余年も経てば可愛い可愛い初孫の誕生日すら”なぁなぁ”になるんだなぁと、また祖母の面白エピソードが増えたぞと思いながら、

「ありがとう!誕生日19だけど!でもありがとう!」と、バンザイのスタンプと一緒に返して、またスマホを伏せた。

原稿を数行書いて、行き詰まって、またスマホを手に取る。
祖母からは

 

「ぼけちゃつた」

 

と一言だけ届いていた。

平仮名だけの、「つ」も大きいままの、たった6文字のメッセージに、少し心が痛む。

そうか、私が20余りの歳を重ねた分だけ、祖母も20余りの歳を重ねたんだな、と当たり前のことに気づいて、少し心が沈む。


父と祖父――つまり父の父――とが会話している姿を、この20余年で一度も見たことがない。
親戚が揃う場でも、視界に2人が同時に映ったことはないと思う。

父と祖父は私が物心ついたころには、もう既に関係が悪かったと聞く。理由は詳しくは知らないし、別に今更知りたいとも思わない。むしろ大人になればなるほどに、それぞれに思うところがあるんだろうと、そして、もう折り合いがつくことはないんだろうなと、ひとりの男としてわかる部分も増えてきた。

どっちが悪いとか、そういうことじゃないんだろう。たぶんどっちも悪いしどっちも悪くない。でも、別にそんなことは最早どうでもいい。

それでも。顔を見せなくなった父の代わりに祖父の家を訪ね、スマホの調子を見てやって、祖父の贔屓の野球チームの話をして、本当は知りたくもないであろう「仕事はどうだ」の質問に対して数ターンやり取りをして、本当に知りたがっているであろう「あんたの父さんは元気か」の質問に対してこれまた数ターンやり取りをして、そして祖父の家の玄関を出る、そんな瞬間。
ふと、祖父は会わなくなった息子に、会えなくなった息子に何を思うんだろう?と考える。

何を思って死んでいくんだろう?そんなことを考える。

 


私のもう一人の祖父は、私が生まれた半年後に亡くなった。癌だったらしい。

当然私に祖父の記憶はない。でも、周囲の話によれば、祖父は初孫の私を(※私は両家にとって初孫だった)、僅かな期間だったが大層可愛いがってくれていたという。
祖母が言うには、学校の先生だった祖父は家でもそれなりに厳しかったが、私に向ける眼差しだけは常に優しかったと。「最期が近いのをわかってて、そこに生まれてきたんだから、それだけ特別な存在だったんでしょ」と祖母は遠い目をして微笑む。

 


愛する者を看取った ひとりの老婆は今日
エピローグ綴って お迎えの時を待つ

losstime / Mr.Children

そんな祖母は昨年末の12月30日、親戚一同が揃った団欒の時間の真っただ中に意識を失った。

はっきり言って、死んだと思った。2025年、最後の最後に喪中になっちゃったな、もう年賀状送っちゃったのにな、と思った。

結論から言えば祖母は今も元気だ。検査の結果も異常はなく(それはそれで不安なところもあるが)、数年前の大晦日に虹の橋を渡った祖母の犬が引き止めてくれたと、半ば本気で思っている。

祖母はここ数年で脚を悪くして、自力ではもう歩くことが難しい。私の母が毎日のように家に通い詰め、通院やら買い物やら気分転換やらに連れ出している。
よくやってるなと思って見ているが、毎日のように顔を合わせることは、少しずつ互いの心にフラストレーションを溜めているらしい。
無理もないだろう。
祖母だって、これまで自分で済ませてきた家事、食事、買い物…全てを娘に口うるさく監視されているわけで。
母は母で、昔はバリバリに「親」をやっていた自分の母の姿と現状にギャップを感じて、なんでこんなことができないんだとショックを受けて。

イライラした母親はもの分かりの悪い息子の手を引っ張って
もう何個も持ってるでしょ!?と おもちゃ屋の前で声を上げている
欲しがっているのはおもちゃじゃなく愛情で
拒んでるのも「我慢」を教えるための愛情で
人目も気にせず泣いて怒って その親子は愛し合っているんだ

横断歩道を渡る人たち / Mr.Children

母と祖母の様子を見ていると、長い時間軸の中でいつの間にか入れ替わった愛の難しさを感じる。

 


毎日のように顔を合わせ小さな諍いを起こす母と、母の母。
もう顔を合わせぬままに永遠の別れを迎える父と、父の父。

過去から未来へと繋がる命のハシクレ
誰もがそのひとり

産声 / Mr.Children

考えることもバカバカしい話だけれど、この人たちがいなければ当然私という存在もなくって。(じゃああなたという存在がなかったら一体それがこの世にとって何なんですか、と問われれば答えに窮するが)

 


思い出はひとりぼっちになってしまうけど
振りむけばそこは日向ばかりで陰りのない道

あなたのもとへ生まれて来て良かったな
決して消えないその繋がりに
さよならなんて似合う言葉じゃないな

歌を抱えて / 岡野昭仁

なんというか、誇れる孫でありたかったと思っている。

「おらい(東北弁で「私」「自分」)の孫、こんな頑張ってんだよ」と、友だちに電話で話したくなるような、そんな存在に。

そんな存在になれたのかは、正直あまり自信はない。
でも、どうやら、私が書く原稿を毎日毎日楽しみにしてくれているようだ。
もし本当にそうであるならば、私も毎日、毎日、愚直に書き続けるしかないなぁ、と思う。

 


子供の頃の家族の写真
物置から出して 埃を払って

家族 / Mr.Children

まだ生きていた頃の祖父に、まだ赤ん坊の頃の私が抱かれている写真がある。

裏返すと、祖父の筆跡でただひと言

 

「着実に!」

 

とだけ書かれている。
言葉足らずだよなぁ、と思いつつ、私の心にはその「着実」の2文字は、何故かなんだかいつも沁み付いているような気がする。

 

その命の強さに打たれながら
僕は声を張り上げてる

その命の強さに 打たれながら
君は穏やかに笑ってる

家族 / Mr.Children

 

 

 

【ネタバレあり】Saturday in the parkを喰らい様子のおかしい男による感想一本勝負【Mr.Children】

帰りの車でふと「書き殴る」ってすごい言葉だなと思った。
今回はそのスタイルで行きます。
殴るように書きます。

2026年5月10日、Mr.Children Tour 2026 “Saturday in the park”@宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ公演に参加してきました。

以下その感想。ネタバレ注意です。
まともなレビューが欲しい人はnoteで別の人のレポ読んでくださいそっちの方が510倍有意義な時間です。なんでこのレポが1万字Overなんだよ(読み進めれば理由はわかるはずです)
MCも演奏順も覚えていられない人なので、MCはニュアンスで、セットリストはLiveFans参照でいきます。逐一情報更新してくださる方にいつも感謝しております。

殴り書きなので、そもそものMr.Childrenへの向き合い方、認識のズレ、適切でない表現、誤字脱字多々あるかと思います。楽器もステージ構造も何もかも覚えていないボンクラですが、広い心でどうぞよろしくお願いします!一晩、二晩、1週間、1か月と経つにつれ自分の中での受け止め方も変化すると思いますが、生の、今の想いを残すことも大事だと思うのです。

基本はセットリストごとに箇条書きで!
それでは、いざ尋常に。

 

 

 

 

 

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ステージ

・あの…想像と全然違うんですけど…
・噂には聞いておりましたが、本当にセンターステージなんですね…!?
・発券時の見立てでは、ナカケー側だったと思うんですけど…
・田原さん寄りというかなんなら桜井さん寄りなんですけど…
・どこから出てくるんですか?
・楽器はどこにあるんですか?
・私どうなっちゃうんですか?

 

OP

・花畑に飛び交うハチ
・花畑の感じ、miss you ホールっぽいなぁ
・ハチの羽音、凄い。クマバチ?
・これ、1曲目はもしかして素直に…(ちなみに私はシンプルに「Saturday」一点読みでした)
・羽音があのイントロに

 

1. キングスネークの憂鬱

・イントロぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!
・出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ
・あああああああああああいつの間にかステージに桜井さんがいるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!
【速報】Mr.Childrenのライブに桜井和寿出演【朗報】
・どっから来たんだああああああああああああああ!!!!!!!!!!!
・サビどーん!
・ほかのメンバーどーーーーーん!!!!!!!!!!
・ぎゃああああああああああああああああああああああああああ
・おっ、おまっ、いつの間にかステージにMr.Childrenが揃い踏みしてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
【超速報】Mr.ChildrenのライブにMr.Childrenが登場【夢?】
・めちゃめちゃわかりにくい例えだとわかってて言いますが、このツアーの演出、全体的に東京ディズニーランドのアトラクション「美女と野獣“魔法のものがたり”」です。キーワードは「視線誘導」見せるもの、見せたいもの、見せたくないもの
・「weh eh oh」のコーレス、あぁ、最高だなぁ。これがライブだよなぁ。
・ようこそ宮城へ。34周年本当におめでとうございます
・ライブ映えする曲だ、ライブの1曲目に相応しい曲だ。

さあもうお分かりでしょう?さあじゃあお見せするとしよう

 

2. FIGHT CLUB

・疾走POP!!!!!!!!!!!!!
・意外!!!!!!!!!!!!!!!
・結果的にREFLECTIOИフィーチャーライブでした本当にありがとうございました
・なんで?半エンでガン無視したから?(まだ言ってる)(missyouホール「放たれる」とアリーナ「未完」でチャラでしょ)

孤独がいちばんの敵だった

・孤独な作品「miss you」との訣別

・訣別 ?

共に今を生き抜こうか my friend

・「my friend」を繰り返し歌ってくれる桜井さん
・友達、かぁ…なんて良い響きだ…
・相変わらずリスナーとの距離の詰め方が上手い人だ

 

3. ファスナー

・いきなりのファスナーでだめです、サテライト行きです。
・マジか!!!!いつか聴きたいとずっと思ってたけど!!!
・このライブでとは!!!!
・私のことを少しでも知っている人なら「癖(へき)」をお分かりでしょうが
・年々ダメなんです、まともに喰らっちゃうんです

きっと ウルトラマンのそれのように 君の背中にもファスナーが付いていて
僕の手の届かない闇の中で 違う顔を誰かに見せているんだろう
そんなの知っている

きっと ウルトラマンのそれのように 君の背中にはファスナーが付いていて
僕にそれを剥がし取る術はなくても 記憶の中焼き付けて
そっと胸のファスナーに閉じ込めるんだ

・信じてみる、裏切られてみる、それで安らぐ心がきっとある

 

4. くるみ

・あぁ、この曲も…
・「くるみ」をもって、Saturday in the parkが私のためのライブであることが確定しました皆さん本当にすみませんね
・なんて傲慢なことは言いませんが(もう言ってる)
・くるみは、個人的にすごく印象的な1曲なのです、詳しくは長くなるのでここには書きませんが…
・FIGHT CLUB→ファスナー→くるみ
・曲調こそ違えど、すごく大人な曲の並び
・こんな感じのスタートは正直予想外だけど
・残酷に過ぎる時間の中で、きっと十分に僕も大人になったのか、この3曲の並びにはものすごくグッと来た

 

5. Saturday

・明転!
・バルーンどーん!
・バルーン!?!?
・あれは…何?
・→ブルドックでした
・あれは…ソーセージ…?
・→虹でした
・多幸感、この一言に尽きる光景
・ステージ回ってる!?!?!?!?!?!??!?!?
・裏腹に歌詞はすごく寂しいんだけど
・「産声」の中でも1位2位を争う共感の詞

7days 僕ならずっと前からこんな暮らしなんだよ 良くも悪くもないんだ

・うだつが上がらない生活、時間だけをいたずらに消耗する日々
・そんな毎日だけど、たまに、本当にたまに
・こういう幸せな空間に触れられることがあり
・そのために生きている、そのためだけに頑張れる
・バルーン!あなた出番この1曲だけ!?

 

6. in the pocket

・2ツアー連続セトリメンバー入りおめでとう!
・私は初聴がmiss you arena@セキスイだったので、落ち着いた気持ちでライブパフォーマンスを見たのは初めて
・ふわふわな気分の土曜日の公園の風景にぴったりの曲
・うれしー!たのしー!
・後から知ったことですが、前回のツアーから継続でセトリ入りしたの、インポケちゃんだけだったのね!?!?
・嘘だろ
・どんだけ選手層厚いんすか
・改めて恐ろしい34年選手、Mr.Children

 

7. fantasy

・弾き語りfantasy!?!?!?!?!?!?!?!?!?

隣の人に気づかれぬように僕らだけの言葉で話そう

・改めて、凄い誘惑だぁ…
・「こんなつまらないパーティー、2人で抜け出さない?」よりも魅力的だぁ…
・Saturday → in the pocketの流れからの影響だけど、公園の芝生に座って、隣で歌ってくれるような風景を想像して聴いていた
・(これまではリフレクツアーの影響で電車の中のイメージが強かった)

・ライブ直後の今の私は、今ツアーを代表する曲はこれだと思っています。
・正直、リフレク&未完の演出が神懸かっていたので、もう生で聴く機会はないかなと思っていた
・全歌詞引用したいくらいだけど

想像を超えた猟奇殺人さえ今や日常 ドキュメンタリー
いちいち心動かないよ 免疫ができ右から左
「事件の裏側」すら簡単に閲覧けてわかった気になる
でも本当は自分のことさえ把握しきれない
なのに何が解ろう?

・この歌詞は、今の仕事に就いている私にものすごく重く響く
・並の出来事じゃ心が動かなくなりつつあって、それって人としてものすごくおっかないことだよなって

日常の中のファンタジーへと

・ファンタジーの世界は、決して別世界ではないということ
・すなわち
・非現実的世界すら、日常の延長線上にあるということ
・考えたくないことかもしれないけれど、今の世界って、今の社会って。

 

8. youthful days

・そんな時代だからこそ!!!!!

腐敗のムードをかわして明日を奪うんだ

ずっと二人でいられたらいい
いつも二人でいられたらいい

・底抜けに明るいこの曲に救われるのです
・前回は半エン@東京ドーム!声出し禁止!
・今回は正真正銘の乾杯でした!!!

 

9. ウスバカゲロウ

・CDTV以上の演出、パフォーマンスがあるんすかぁ???と思っていました
・結論:ありました
・可変スクリーン、最強すぎます
・チケ代の値上がり、天井知らずだな!!!と思っていました
・結論:5000兆円払わせてください
・ステージの動き、凄すぎませんか?
・回転、昇降、照明、カメラワーク(ドローンもね)、どれを取っても「どないなってんねん…」という感じでした
・ガラス細工のようなウスバカゲロウの羽、美しく、それでいて脆そうな。

 

10. Glastonbury

・自分含めてとーほぐの民はまぁ基本シャイというか
・とても悪い言い方をすれば「ノり切れない」人種ではあるのですが
・結構今回のライブは、周辺の人たち含めてごくごく自然に身をゆだねる楽しみ方をしているようで好(ハオ)でした
・とはいえ、この曲はもっと身振り手振り手拍子が自然発生してもいいような気がしたけど
・ライブ初披露の曲へのノり方は経験値がものを言いますからね

だからこの魂が曇らぬうちに
もっと眩い光を放ちたい

・34年やってる人にもまだこの熱があるんだと思うと
・それは本当に大きな救いになる

飛び出そう 飛び出そう
自分の外側に
飛び出そう 飛び出そう

・ここ歌わせてくれると思わなくて、でもすごく気持ちよかった
・でも
・ここ、音程難しくないですか??????
・俺が音痴かつ音楽センスがないのはそうなんですけど
・この曲での桜井さん、1か所丸っと歌詞飛ばして一瞬めちゃくちゃヒヤッとしました
・演出なのかな?ともすればもっとSUNNYさんのコーラスが前面に出てもいい場面かなと思いましたが

・ミラーボール!!!!!
・1/42!!!!!
・ミヤジのライブみたい!!!!!
・ミラーボール先輩も1曲のみの登場!?!?!?
・贅沢な小道具が多い!!!!!
・(ドラムセットが反対側にニョキっと生えた1曲ってなんでしたっけ…)

 

11. ロードムービー

・おまっ、スクリーンも回転すんの!?!?!?!?
・ステージを縦に使用!!!
・「Mr.Childrenらしさ」って人によって思い浮かべる曲調は違うだろうけど、ロードムービーは大衆がイメージする「らしさ」を象徴するような爽やかさだよなぁと思う

汗ばむ季節 君がふと見せてくれた情熱

・結果論だけど、これが次の曲との対比になってるのがほんとうにこわくて残酷でたまらないのです

 

12. 平熱

・来ました

・ライブ前の感想(?)で、ちょっと言葉足らずなところがあったので独り言のようにここで補足の弁明をするのですが
・「好きな歌とライブで聴きたい曲はちょっと違う」というのは、それはまぁそういうこともあるかもしれないのですが
・こと「平熱」に関しては
・決して聴きたくなかったわけではなく
・miss youの色が滲むこの曲が
・どのように「産声」ツアーに入る余地があるのか
・想像ができなかったのです
・だから、こういう置き方をしてくれるのか、ということがわかった瞬間に
・心の底から「ありがとうございます」と思いました
・そして

・やりやがりましたね
・可変スクリーンで真っ二つになる車

 

 

 

 

 

・可変スクリーンで真っ二つになる車




・可変スクリーンで真っ二つになる車

 

 

・ちょっ…あのっ…
・グロすぎて血ィ吐きました
・心から本当に本当にありがとうございます本当に本当にありがとうございましたああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

・すみません取り乱しました
・言うまでもなく

助手席に君はいるのに
違う宇宙にいるんだね

・を表した映像演出なわけですけれども
・いまだかつてこんな「正解」が打ち出されたことってあったんでしょうか
・その後も色彩で「違う宇宙」を表現、ブラックホール(?)もあれ、補色ですよね
・こんなものを見せられてしまったらもうこの世に思い残すことはありませんおかげで成仏できます

 

13. 禁断の実

「この地球が待つ未来に希望はない」とも言う
もしホントでも 僕はここにいる
もしホントでも 君とここにいる

・初めて聴いたとき、私にはある種の開き直り、ある種の諦めに聴こえたのだが
・でも、きっと、いやいやそれは諦めなんかじゃなく
・素直な思いであり素直な覚悟なんだなと今は思う

 

14. 進化論

・この流れ、サイコーすぎひんか…
・これも私が仕事をするうえで
・そして東北に住むうえで
・何度も何度もお守りのように聴いてきた曲で

すべて受け入れて 見果てぬ夢を 素敵な夢を君と見ていたい

・「禁断の実」から通底する思い
・「君と」ここにいて、「君と」見ていたい

「強く望む」ことが世代を越えていつしか形になるなら
この命も無駄じゃない

・回り続ける螺旋
・残し続ける遺伝子

 

15. Happy Song

・ブラオレ以来のHappy Song!!!!!!!!!!!
・やったー!!!
・「Wow... Oh Wow」のシンガロング!
・これだよなぁ、これ、これがライブだ

目紛るしく変わっていく世界にちょっと足がすくんでしまいそうな近頃

・この時代にこのフレーズが生身の体温を持つこと、それが良いことだとは思わないけれど
・どんな時代でも等身大の希望の歌を歌い続けてきた人たちの言葉だからこそ
・真に救いになる
・そして続く次の曲

 

16. 空也上人

「いや そんなうまい話ある訳ねえだろ」

・ゾッとしました
・みんなで声を合わせてひとつになった「幸せな歌」を
・ワンフレーズ目で打ち消す
・思うに、桜井和寿って
・徹底的にリアリストであり
・「自己否定」の人だと思うのです
・ま、そりゃ34年もやってて、200曲以上あれば
・白と歌うこともあれば黒と歌うことだってあるのは百も承知なのですが
・絵空事は歌わない人だと思うし
・そして、だからこそ、この人が歌うことは本当である、という信頼がある

まるで空也上人
言った言葉スガタカタチにして
少しずつ願いを叶えよう

・これって、まさに桜井和寿という詩人が34年徹底的に向き合い続けてきた思想なんじゃないかな

思い通り 願い通り いって何が楽しい

・の大合唱!!!
・なんかもうヤケクソじゃねーか!!!
・楽しい!!!!!
・さ空也い和寿上人が口から五線とともにメンバーを吐き出すイラスト、グッズ化よろしくお願いいたします

 

17. Stupid hero

味気ない毎日に小さな喜びを見出して 僕らは頑張っている
例えどんな明日が待とうと
頑張っている いつか来るその日を願って

・「僕”ら”は頑張っている」
・どんな時でも、こんな私にも、肩組んでくれるんですよ、Mr.Childrenって
・「頑張ってるよね」って
・決して「頑張れ」じゃない、一方的じゃないエールを
・一番認めてもらいたい存在の人たちに歌ってもらえること
・Mr.Childrenって、こういう人たちなんだよね、ずっと

 

18. 海にて、心は裸になりたがる

・イントロにて
・桜井和寿の投げキッス

 

 

 

・桜井和寿の投げキッス

 

 

 

桜井和寿の投げキッス

 

 

 

寿

 

 

寿

 

 

 

寿(3回)

 

・は?????????
・何??????????
・何なの?????????
・何が起こったの??????
・しばらく何も考えたくない??
・窓の??外の??月を見てる??

・嘘みたいな話なんですけど、Xでこれに関する言及を目にするまで本当にこの事実を忘れていました
・「平熱」で全部血ィ吐いたのにまだ出るんです血が
・周りの女性陣と共に俺も「ひゃああああああああ!!!!!!(高音)」って声出た
・射程の延長線上にはいなかったんですけど
・桜井和寿から放たれるハートが飛んでいくのがはっきり見えました
・ほんとうにありがとうございました

・平成最後のシンガロングソング
・ちなみに令和最初のシンガロングソングは「The song of praise」
・シンガロングソングって何?
・ap25@東京ドームでは田原さんをターゲティングしていたということで、ついに!?と思いましたが
・今回はハナからナカケーが餌食に…
・ナカケーが歌うとみんなが笑顔になるのでOKです!!!!!!
・いつか田原さんも歌ってネ

 

19. 皮膚呼吸

・私のMr.Childrenライブ初参戦は
・2018年の「重力と呼吸」@宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ
・そのライブの、本編最後の曲が「皮膚呼吸」
・だから、同じ会場で
・8年の時を経て(8年…!?)
・この曲を聴けたことは運命だと信じている

僕にしか出せない特別な音があるきっと きっと

・何にも持ってない人間だけど、この曲のこの言葉だけを闇雲に信じて走ってきた
・何にも持ってないままだけど、この曲のおかげで今の俺がいる

 

20. I'LL BE

 

 

・あいるびゃぁああぁぁあっぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっぁあああぁぁぁぁぁ!?!!!?

・ここまでウダウダと御託を並べてきましたが
・すみません本当はI’LL BEの衝撃で、これ以前の記憶が欠損してるのです
・脳が「I’LL BEだ」と認識した瞬間にリアルに「へアッ!?!?!?」って声出た(※hairではありません)
・思いのほか周りの反応は冷静だったのですが
・あまり事の重大さわかってなかった感じですかそうですか
・前の席のおじさん2人組だけ、信じられない喜び方してて、そうだよなと思いました
・表情は見えなかったけどたぶん号泣してたと思う、気持ちはすごくわかります

 

21. Again

・イントロ鳴った瞬間の盛り上がりはこの日一番でした
・アンケートで、一番印象に残った曲、これにしました
・いろんな要素がある、いろんな要素があるけど、一番大きいのは「miss you」の消化の仕方かな
・こればっかりは、ちょっと言葉で説明しづらいけれど

今日だってぶち壊すだけ 他意もなくぶち壊すだけ
どうしようもなく 虚しくなるだけ 自分が虚しくなるだけ
それでも やり直すだけ もう一度やり直すだけ
ただただ毎日を 繰り返すだけ 何度でも繰り返すだけ

・背景に使われてた映像
・miss youアリーナツアーの「LOST」
・揺れる電球に「miss youみたいだな~」と思ってたら
・miss youでした

放った光さえ歪んで闇に消えてった
取り戻せもしないで また今日も立ち尽くしている

真っ直ぐな想いだって 捻じ曲がって伝わっていった
やり直せもしないで また今日も立ち尽くしている

LOST

・miss youはとても孤独な作品だった
・じゃあ、その孤独って、一体誰のものだったのか?
・作品で表現されていたのは
・桜井和寿の孤独だったかもしれない
・でもその孤独の一端に触れた俺だって
・心の底から寂しかったと
・今振り返って、そう思う
・なんで俺も孤独だったんだろう、なんでとても寂しかったんだろう
・共感、とも違う
・桜井さんを、独りにしてしまったから?

・物理的な寂しさで言えば
・長きに渡るホールツアーは
・イコール長きに渡るチケット戦争でもあり
・あの時期、Mr.Childrenから離れてしまっていた人は、とても多くて
・個人的には
・「桜井さんの孤独の叫びを」「受け取った私が」「他の受け取ったリスナーと共感できなかった」からだと思う

・そのmiss youを背に

それでもやり直すだけ もう一度やり直すだけ
ただただ毎日を 繰り返すだけ 何度でも繰り返すだけ
Again Again

・訣別なんかじゃない、訣別なんてできない

・孤独を全部連れて
・繰り返すだけ
・ただ、ただ、毎日を
・それは決して諦めでも、徒労でもない
・過去も痛みも寂しさも全部全部引き連れて

「いつになく笑っていれたよな」
そんな日が訪れるように祈って祈って

・記憶が正しければ、そして俺の推察が正しければ
・桜井和寿、ステージに4人存在してませんでしたか???

 

22. 蘇生

叶いもしない夢を見るのは もう止めにすることにしたんだから
今度はこのさえない現実を 夢みたいに塗り替えればいいさ
そう思ってんだ 変えていくんだ きっと出来るんだ

・桜井和寿は徹底的にリアリスト
・桜井和寿は嘘をつかない、嘘をつけない
・できないことは言わない
・ということは
・裏を返せば
・言ったことはできる
・と
・言った言葉はスガタカタチになる
・と
・心から信じている、はず
・「変えていくんだ、きっと出来るんだ」
・桜井さんがそう歌ってくれたから
・俺だってそう信じるよ

 

23. 産声

・あえて俺が何か言う必要もないくらい
・想像通りに、想像を超えてくるパフォーマンス!

瞬く間に過ぎる時の中で
産まれては消えてく命のリレー

・銀の紙吹雪が舞う中で、全員で声を合わせた瞬間の幸せよ
・この光景だけ、この光景の思い出だけで生きていけると本気で思えるような幸せな時間

 

EN

・親の仇のようにスマホライトが速攻注意されてて笑った
・まぁスマホライトなんて、しれっと写真撮っててもわからないですからね
・ちゃんと取り締まってくれるのは良いことです
・ちなみに情報錯綜してますが、記念日公演だからと言って「撮影OK!」なんてことはなかったですよ
・アナウンスはそう言ったのか、定かではないですが
・ステージ前に「撮影禁止」の看板持ったスタッフが仁王立ちしてたので
・あれに気づかずにステージを撮ることは不可能なので

EN1. It's a wonderful world

Oh Baby

 

・オーベイベェ!?!?!?!?!?!?

・まさかの選曲、でもずっと望んでいた選曲

忘れないで
君のことを僕は必要としていて
同じようにそれ以上に想ってる人もいる

・すごくわかる
・Mr.Childrenに対しても思っているけれど
・近くにいてくれる人にもこう思っている

この世界は今日も美しい

・ずっと歌ってほしかった、今の時代だからこそ
・アウトロぶつ切りで、流れてくる次の曲のイントロ…

 

EN2. 足音 ~Be Strong

・イントロでダメでした

今という時代は言うほど悪くはない

・あんまり言いたくないけど、大変じゃん、生きていくことって
・「なんで」「どうして」って思うことが、毎日毎日濁流のように押し寄せる中で
・それこそ、今日を生きてるってことが、それだけで奇跡のような社会の中で
・こんなにも救いになる言葉、あるかな

・REFLECTIONという作品で新たに生まれ変わったMr.Children
・その最初の一歩の曲
・このツアーで歌われるのはもはや必然のような
・「今という時代は言うほど悪くはない」
・泣いた

 

MC

・桜井「34周年でこんなに祝ってもらうとちょっと恥ずかしい」
・桜井「35周年とかなら胸を張って言えるんだけど」
・桜井「でもみんなにとって、これから先の1年、1か月、1週間、1日1日が大切なんだって、わかったような気がします」
・桜井「そして今日は何の日ですか?」
・桜井「…お母さんいるー?ママいるー?…おばあちゃんもいるー?」

 

・桜井「ババアもいるかー?(笑)」

・最高
・桜井「あえて今日を選んできた、そんな親不孝者もいるかもしれない(笑)」
・誰のせいなんだって言いたくもなるわい!!!そりゃMr.Childrenの誕生日優先やろがい!!!

・桜井「最後の曲を聴いて会場を出たら少し寂しい気持ちになるかもしれませんが」
・桜井「そんなときはすぐにヘッドホン付けて『産声』をアルバムの1曲目から聴いて帰ってもらえれば…(笑)」

 

EN3. 家族

・個人的に結構意外だった
・いやまぁ「産声」というアルバムのコンセプトを考えれば極々自然ですが
・ライブという空間演出を考えたときに、「産声」で華々しく終わったこのライブの中で、ミニマルな「家族」という曲がどう合うのか?あんまり想像できなくて
・でも、Mr.Childrenの4人だけで鳴らされた「家族」は
・振り返ってみても、あぁこのライブの最後にもやっぱり相応しい音楽だったんだなと
・一瞬たりとも家族を持たずにこの世に生を受けた人はいないわけで
・もしかすると、どんな人であっても、死ぬときに思いを巡らせるのは、家族という小さな単位なのかもしれないな、って

・ライブを通じて
・アルバム「産声」がもっと好きになったし
・Mr.Childrenという存在がもっともっと好きになった
・いつも本当にありがとうございます

・いつも言ってることかもしれないけれど、過去最強のライブだったと思う
・もしかしたら
・今後これを超えるライブってないんじゃないか?
・なんてことを思ったりもするけれど
・それは嘘です
・常に最高到達点を更新し続けるのがMr.Childrenなので

 

・「キングスネークの憂鬱」から「家族」
・アルバム「産声」の輪廻転生をライブでも表現
・でも実は桜井さんは
・ライブの中で、それすらも自己否定している側面がある
・入場は上手、退場は下手
・一方通行
・ステージ上を行き来したり、ステージがぐるぐる回転したり「できるだけ遠回り」しながら
・約3時間弱かけて縦断
・…まぁ、きっとそんな深い意味なんてなく
・単純に演出のバランス
・上手のリスナー、下手のリスナー、皆に平等に、ということなんだとは思うけれど
・でもリアリストな桜井さんは
・アルバムでリインカーネーションを描きながらも
・「たった一度の人生なら」と歌ってる一面もあるわけで

 

・「言った言葉スガタカタチにして」
・覚悟というか、責任というか
・言ってしまったネガティヴなことを
・誰より桜井和寿自分自身が信じないために
・ポジティヴなことを歌う、と
・でもそれは別にありもしない綺麗事を宣うわけではなく
・あくまで自然体でやってのける

・詩人になった桜井和寿
・すごい境地に到達したと思う

 

終わりに ―終演直後のポストの弁明

会場出て、歩きながらの投稿になってしまったので、かなり言葉足らずになりました。不徳の致すところ。
何って、Mr.Childrenの歴史はここでは終わらないから!
「34周年は(キリ悪いし)恥ずかしい」と言うように、見据える場所は半世紀ですから!

これからもどうぞよろしくお願いします。
また会える日まで。残りのツアーの完走を心から願って。

 

胸の中にしまったお宝
そっとそっと 今日も優しく光った

 

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2025BEST

音楽サブスクに入った2023年から毎年、「今年よく聴いた10曲」を選び抜いてプレイリストを作っています。

3年目となる今年も出揃ったのでメモついでに紹介します。今年発売の曲というわけではなく、あくまで「今年よく聴いたな」と肌感覚で思った曲です。

 

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01. カラ / Bank Band

「生まれては消えてゆく、そんな繰り返しの輪の中に僕はいて、君と重なってる」

 

02. ファンファーレ / 玉置浩二

「上手くやれなくたっていいんだよ、そのまま生きていきなさい、行きなさい」

 

03. 幸福論 / 椎名林檎

「あたしは君のメロディーやその哲学や言葉全てを守る為なら、少しくらいする苦労もいとわないのです」

 

04. be there / Salyu

「私はあなたと話す時間が延びてひそかに喜んだ、意外と楽しめるものよ」

 

05. 君が好き胸が痛い / KAN

「夕暮れに君と歩いても何かがぎこちなくて、ほしいものはある程度持ってる。あとは君だけでいい」

 

06. 相思相愛 / aiko

「あたしはあなたにはなれない、なれない。ずっと遠くから見てる、見てるだけで」

 

07. 1999年、夏、沖縄 / Mr.Children 

「時の流れは速く、もう25年が経ったけれど、あぁ僕に何が残せると言うのだろう」

 

08. アルペジオ(きっと、魔法のトンネルの先) / 小沢健二

「本当の心は本当の心へと届く」 

 

09. 桜の花が咲く頃 / 藤巻亮太

「桜の花が咲くたび君が胸に現れて、そっと笑顔をくれる。僕ははにかんでしまうよ」

 

10. 一日花 feat.imase / 東京スカパラダイスオーケストラ

「咲いていいのか迷っていたからずっと気にしてた、あなたを。 Now今日が始まる、今日を始める、ぼくたちは待っていたんだ」

 

Ex. 言伝-ことづて- / ポルノグラフィティ

「『明日が来る』ことがいつも嬉しいと、隣の誰かと言い合える世界でありますように」

 

2025BEST - YouTube

淡く蒼い願い

※映画の感想文的な一面もありますが、主要キャストの話から逸れてMr.Childrenの話をしてしまうので、映画に登場する人物の名前は検索などに引っかからないよう、この記事の中では出しません。


とあるドキュメンタリー映画を観てきました。

https://mirainouta-film.jp/

過去とみらい、始まりと終わり、生と死。

神と、ロックと、「歌う」ということ。

頭の中でいろんな人のことを思い浮かべながらスクリーンを観ていた。


Mr.Childrenは、一体いつまで音楽を奏でてくれるんだろうか。
数あるアーティストが解散や活動休止を選ぶ今、考えたくもないことだが、そんなことを考える機会は増えた。

あの人は、あの人たちは、いつまで元気でいてくれるんだろうか。
同じ時代を生きてきたミュージシャンがどんどん病に倒れていく、そんなニュースを見る度に頭を過る。

君の笑顔にあと幾つ逢えるだろう
そんなことふと思って

Documentary film / Mr.Children


先の映画の中で「ハンカチ落としみたいに亡くなっていくでしょ」という表現が出てくる。言い得て妙だと思った。

順番なんて関係なく、はっと気が付いたときにはもう、死は背中にひたと寄り添ってくる、そんな感覚だろうか。

勝手に思っている節がある。
まず近いうちに祖父母が死んで、その後に両親が死んで、そして私が死ぬんだろうと。

でも、きっと――というよりも当然――それは確定事項ではない。

これを書いている途中、青森県東方沖で地震が起き、私が住んでいる地域にも津波注意報が出た。

いつ、どこで、誰が死ぬか。そんなことは誰にもわからない。

みんな
いずれ
そこに逝くからね

losstime / Mr.Children


昔は「生まれてきた意味」とか「生きている理由」とか、図々しくもそんなことを考えていたこともあった。若かったな。

今はそんなことは思わない、考えない。考えたって仕方がない。

良くも悪くも生きている理由なんて、別にない。いらない。

やがて来る”死の存在”に目を背け過ごすけど
残念ですが僕が生きている事に意味はない

マシンガンをぶっ放せ / Mr.Children


Mr.Childrenは、一体いつまで音楽を奏でてくれるんだろうか。

あの人は、あの人たちは、いつまで元気でいてくれるんだろうか。

枯れた花びらがテーブルを汚して
あらゆるものに「終わり」があることを
リアルに切り取ってしまうけれど

Documentary film / Mr.Children


近年のMr.Childrenは終わりを見据えている、と思う。

もちろん彼らが掲げた「半世紀」という目標地点に疑いの余地は一切ないし、また近いうちに、新たな景色を見せる旅に連れて行ってくれるものだと思っている。

それでも。

嫌でも背中にひたと寄り添ってくる「終わり」の予感を完全に拭い切ることは、できずにいる。

「終わりがあるからこそ美しい」という言葉は誰が言ったものなのだろうか。それって本当なのだろうか。御守りのように、信じたいことを信じたいように信じているだけなのではないか。永遠であってほしいと思うことは、野暮なのではないか。

とはいえ。

アルバム「SOUNDTRACKS」で見せた、重力に抗うことなく「枯れる」ことを受容する姿。等身大のその姿には(ライブで直接見ることは叶わなかったが)、率直にかっこいいなと思わされた。

(だからこそ「半世紀へのエントランス」のステージと、「miss you arena tour」で『未だ完成しない』と歌い上げた姿には良い意味で驚かされたし、それはそれとして希望でもあった)

枯れた花びらがテーブルを汚して
あらゆるものに「終わり」があることを
リアルに切り取ってしまうけれど

そこに紛れもない命が宿ってるから
君と見ていた愛おしい命が

Documentary film / Mr.Children


Mr.Childrenは、一体いつまで音楽を奏でてくれるんだろうか。

正直に言えば、もう新たな音楽を奏でてくれなくたって、それはそれで良いとも思っている。健康で、元気でさえいてくれれば。

4人の元気な姿をできるだけ長く見ていたい。

それはMr.Childrenへの願いでもありながら、同時に自分自身への誓いでもある。

彼らが生きてくれている間は、同じように私も生きていかなければならない。

 

元気でいてください。私も元気でいます。

 

桜井和寿「そういえば今回のアーティスト写真を選んだときに、スタッフの1人が「Mr.Children、いつまでもこうあってほしいな」と言ってて。そういうことみたいです(笑)。」

https://natalie.mu/music/pp/mrchildren

Mr.Children、いつまでもこうであってほしい。

私も、心からそう願っている。

 


 


 


 

 

 

生きることはいつの月日も難しくて

生きることはいつの月日も難しくて
複雑で 不可解で
君の中で消えた炎とか
僕が失くしてしまったものとか
全部答えがないけど

高い塔 / 小沢健二

生きることは難しい。最近になって、その難易度は以前よりもさらに高まっているように感じる。世間のあらゆる場面で対立が生まれ、溝が深まり、その亀裂が広がり続けている。
生きることは難しい。伴って、人と人とが出会うことも、繋がり続けることも、分かり合うことも難しい。


「高い塔」という曲の中で小沢健二が指し示すものは、東京タワーだ。

東京の街に孤独を捧げている高い塔の一つ
それは直線的な曼荼羅
僕らの魂のあり方映す神殿のようだよ

高い塔 / 小沢健二

東京のシンボル、象徴である東京タワーを歌い、崇めている。

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シンボル、象徴と聞いて、人は何を思い浮かべるか?

塔で言えばそれこそ東京タワーをはじめ、東京スカイツリー通天閣横浜マリンタワー京都タワーさっぽろテレビ塔もその名の通り「塔」だろう。
シンボルで言えば…全国に点在する城や、鎌倉の大仏とか?世界に目を向ければ、さらにいくらでも出てくるだろう。
その人ごとに、住む場所や思い出の地に、各々パッと思い浮かぶものがあるのではないかと思う。

私が大きなシンボルと聞いて思い浮かべるものは、岩手山である。


岩手山
その名の通り岩手県の中心に鎮座する、標高2,038mの山だ。
出で立ちが富士山に似ていることから「南部富士」とも呼ばれ、県庁所在地盛岡市の中心部からも姿を望むことができる。

私は岩手県に縁もゆかりもない男だが、あの雄大さ、力強さには畏怖の念を覚える。


数年前、Twitter(現X)で、マウントレーニアが「 # もしも東京の真ん中に山があったら」というハッシュタグを付けて広告を打ち出していて、面白いなと思って見ていた。

www.mtrainier.jp

山の有用性や、安全性、交通への影響など、パッと頭に浮かぶ懸念はここでは置いておくとして。
東京のど真ん中に大きな山があったら、何より「象徴」として崇められていたのだろうなぁと思う。それは昔の人々が八百万のものに神性を見出し、山岳をアニミズムの対象として信仰してきた歴史が証明している。

先の広告を見て(盛岡だ…)と思いながら引用を覗くと「盛岡だ…」というツイートを何件も見かけた。合っていた。
盛岡市内ならどこからでも見える」と言われるほど雄大岩手山。与えるパワーは本当に凄い。


この記事の最初、冒頭のフレーズに。「答えがないけど」の「けど」の先には歌詞がこう続く。

古代の未来図は姿を変え続ける
大胆に 勇敢に
空に満月かかるように
ドキドキする神秘と行くよ
0から無限大の方へ

高い塔 / 小沢健二

「古代の未来図」という、一見すると矛盾しているような言葉の意味。
いろいろな解釈があるだろうが、私は所謂「レトロフューチャー」のことだと思いながら聴いている。

レトロフューチャーとは、過去の人々が思い描いた未来の姿のことを言う。昔の人々が想像した未来。
古代の(人々が想像した)未来(の予想)図。

レトロフューチャーで1番わかりやすいのは、東京ディズニーランドトゥモローランドだと思う。


科学とテクノロジーが調和する明日の世界。
東京ディズニーランドをはじめ、世界各国のディズニーパークにあるテーマランドだ。

ウォルト・ディズニーが思い描いたのは、ウォルト・ディズニーが生きた時代から見た未来の姿。
それは必然的に、今の私たちからすれば、目新しさが失われているもの。
もっと言えば、古臭く感じるものである。

東京に限った話で言っても、ディズニーランドが出来てから既に何年もの時間が流れている。当時は確かにモダンだったものが、今見ればレトロになっているということが、避けられずにそこに確かにある。
意図してないけれど、結果的に古い考えになっている、という。昔の人たちが考えた未来はすなわち”今”であり、今の私たちが考える未来はその先の未来で"普通"となり、イコールでレトロフューチャーに成り下がる。時間軸の揺れ。


トゥモローランドのコンセプトがレトロフューチャーだと(それがたとえ意図的なものでなかったとしても)いうことで、必然的に、定期的な血の入れ替えが必要になる。
2020年に「ベイマックスのハッピーライド」がオープンしたことは記憶に新しい(とはいえもう5年が経つのか…)。その前で言えばスタージェットがクローズし、グランドサーキット・レースウェイがクローズし…トゥモローランドが時代に合わせてアップデートを重ねてきたということは、変遷を見れば明らかだ。

スクラップ・アンド・ビルドの重要性は理解しつつも、そのスクラップの方を目の当たりにする辛さは、正直ある。それでも、未来は待ってくれないのだ。


個人的な思いとして。
東京ディズニーランドのシンボルは、スペースマウンテンだ。
シンデレラ城ではなく、あの真っ白で雄大な姿が好きだった。
6号橋から見えるスペースマウンテンが、何よりも1番好きな景色だった。
(※6号橋=シンデレラ城から東南東の方向に伸びる、トゥモローランドに続く橋)


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東京ディズニーランドの開業と時を同じくして誕生したスペースマウンテン。そんなスペースマウンテンも2024年にクローズし、大規模な改修を経て2027年に装いを新たに生まれ変わる。
私にとってのシンボルが、好きな景色が、確かに変わっている。


同じく2024年に、同じく人気アトラクションだった「バズ・ライトイヤーアストロブラスター」もクローズした。幼い頃から好きなアトラクションだったので、スペースマウンテンのクローズ同様にショックだった。

(※映画「トイ・ストーリー」観たことない人には「何?」と思う話だと思うのでこの部分は斜め読みでも可です)
アストロブラスターのBGMは、基本的に「すべてがストレンジ」で進んでいく。「プラネットZ」に入ったら聴き馴染みのあるテンポになるのでわかりやすいが、実は乗車直後からずっと「すべてがストレンジ」をBGMにミッションが進んでいる。

アトラクションのフィナーレ。バズ・ライトイヤーと、宿敵ザーグが対峙する場面。ここでBGMは切り替わる。
「君はともだち」に、切り替わる。

俺がついてるぜ 俺がついてるぜ
辛いことばかりでも君はくじけちゃだめだよ
思い出せよともだちを
君のすぐそばに
いつも俺がいる

君はともだち / トイ・ストーリー


「高い塔」が収録されている小沢健二のアルバム「So kakkoii 宇宙」は、名盤だと思う。「宇宙」というワードを掲げながら、1曲目「彗星」で「今ここにあるこの暮らしこそが宇宙だ」と歌い、ラストナンバー「薫る(労働と学業)」では「君が君の仕事 / 学業をする時偉大な宇宙が薫る」と歌う。あくまでも宇宙と暮らしは地続きだよと、我々の生活を讃える作品になっている。
生きることが難しい時代でも、生活に絶望することはないんだ、と。そんな風に歌ってくれているように、私には聴こえている。

生きることは確かに難しい。今の世の中は、生きづらい、息がしづらい。
人と人とが出会い、共鳴し、一緒にいることも難しい。
だからこそ。
私は今ある奇跡的な縁を、大事に、大事にして生きたいと、そんな若干恥ずかしさもあるようなことを考えながら、毎日息をしている。

ありがとう友よいてくれて
So kakkoii 宇宙の中に
暗い路地の壁に 森の木に
僕らがいたこと標してこう

薫る(労働と学業) / 小沢健二


この文章は2023年に30人弱の友人に向けて発信するインスタで書いた文章を軸に、2025Ver.に加筆・改訂したものです。

文中で紹介した「バズ・ライトイヤーアストロブラスター」のBGMは、サブスクで配信されています。興味がある方はぜひ聴いてみてください!

www.universal-music.co.jp

 

私と『others』、私と「僕」

『others』という歌が好きなんです、私は。

もちろん日によって好きな曲ランキングというものは変動するものであるとは思うのですが、othersは割と常に上位に入っている、割と常に5本の指に入っている、それくらい好きなのです。

この文章は、そんな思いに対しての自分なりの 言い訳 理由を、自分なりに言語化を試みるもの。


落ち着いて聞いてほしいのですが、othersの歌詞に出てくる「僕」って、紛れもなく私=えぬもとのことなんですよ。

……

………

…まぁ一応きちんと弁解しておくと、実際の人生でこの曲のような場面を引き起こしたこと、巻き込まれたこと、飛び込んだことはありません!

ありませんが。
どうしてもこの歌の主人公に自分の姿を重ね合わせずにはいられないのです。

以前「えぬもとさんは(othersの主人公に)憧れてるんですか?」と聞かれて、私はその時反射的に照れ隠しで食い気味に「あれに憧れてたらマズいっすよね~ハハハ…」なんて曖昧な返答をしたのですが、すみませんもはや憧れどころか、同化してます。


いつから、なぜそんなことを思い始めたのかは自分でもわからないが、自己評価における「二番手思考」のようなものが、長いこと拭いきれない。

ホームズとワトソンで言えばワトソン。マリオとルイージで言えばルイージ。翼くんと岬くんで言えば岬くん。

なんというか、人生全体において、自分は本命として選ばれないんだろうなということが感覚的にわかってしまっている。呪い。

othersの主人公である「僕」も、きっとそうなんだと思う。

テーブルの上の灰皿
アメリカ史紐解く文庫本
それはきっと彼のもの

 

ベッドで聞いていたblues
誰の曲かも君は知りはしない
きっと彼の好きな曲

勝てっこないのです、こんな相手に。
タバコ吸って、アメリカ史勉強してて、ブルースを好んで聴くような男に、絶対に勝てるはずがないんです。

 

でも。だからこそ。別にそこに愛だったり、感情はないとしても。

「愛してる」と君が言う
口先だけだとしても
たまらなく嬉しくなるから
それもまた僕にとって真実

Any / Mr.Children

時間を共有して、体を重ねる一瞬は、おそらく「僕」にとって紛れもない" 真実 "なんだろうなと思います。

 

「そろそろ行くね」って僕の
言葉を待っていたかのよう
無駄のない動きで
君はそう僕に手を振る

惜しまれも引き止めもされず、ただひとり25時にタクシーで帰宅する「僕」。

こんなにも悲しくて、こんなにもリアルな歌詞を私は他に知りません。


急な話ですが私は『others』と『クラスメイト』の世界線は繋がってると思ってる派です

明け方の歩道
「じゃね、またね」と彼女
走り去るtaxi
マンションのベランダに立って手を振る僕
たまらなく寂しい

クラスメイト / Mr.Children

 


この間、ふと仕事中に思い出してポストしたやつ(ちゃんと働いてください)。

愛し愛されていたとしても
そう感じられるのは一瞬で
その一瞬を
君は僕に分けてくれた

othersという曲の全貌が明らかになって5年近く経つ (5年近く経つんですか!?) けれど、このフレーズのことは長いことずっと考えて生きてきました。

 

そしてもう一つ、最初と最後に2回登場する大事なフレーズ。

君の指/胸に触れ
くちびるに触れ
時間が止まった

時間が止まった=永遠と捉えられるならば、
「一瞬」と「永遠」のこの両極の狭間にいる「僕」。

どんなに頑張っても手に入らない者を追い続けること、想い続けること。
そういう場所に囚われ続けるのも、実はそれはそれである種幸せなことなのかもしれないと、最近は思ったりもしています。

 


発表当初、TV*1 で桜井さんが「今の僕が歌って違和感のないものっていったら、ある程度大人のものになるし」と言っていたけれど、その認識をお持ちであるのならば!
ぜひ今後ともですね、アダルティで訳アリな曲もですね、積極的にライブでやってほしいと思います。何卒どうぞよろしくお願いいたします。

何卒…よろしく…お願いいたします…

好きなんです…そういう…所在がない男の…切ない恋の歌が…

UFO…
BLUE…
隔たり…
Forever…
蜘蛛の糸
Surrender…
渇いたkiss…
ロザリータ…
クラスメイト…
ためいきの日曜日…

やらねぇ…絶対やらねぇ…今のMr.Children絶対歌わねぇ…
take me to Heaven… give me your love…

 

そして何より…えぬもとさん…あなた恋愛観拗らせすぎですよ…

 

 

*1:2020.12.19 NHKMr.Childrenスペシャル」

私の「書くしか」談

「書くしか。書くしかないひとたちによるエッセイ集」という本を少しずつ読み進めています。eyedear.thebase.inプロアマ混在した113人にとっての「書く」ということがテーマのエッセイ集。
人類における「書く」という行為が持つ熱エネルギーの大きさをじわじわと感じる一冊です。

時を少し遡って、6月中旬。映画「かくかくしかじか」を観てきました。

wwws.warnerbros.co.jp

映画がとても良かったので、その勢いで漫画全5巻もKindleで購入。2日で一気に読みました。

そんなこんなで、ある種自然な流れで「自分にとっての『書く』って何だろう?」ということを少しずつ考えることになり。そして、それがなんとなくひとつ形になりそうだったので、さまざまな要素を交えて、繋ぎ合わせてみました。

無駄に暗くて長ったらしいです!

 




考えすぎで言葉に詰まる自分の不器用さが嫌い

HANABI / Mr.Children

書くしかない、
書くことしかできない、
書くことでしか自分を表現できない。

そんな地獄は確実にある、今まさにここにある。
でも、書き続けないと、おそらくどこにも居場所がない。
ここにも、あそこにも、たぶん行けない、いられない、と思う。

それは私の場合、生活するためにやらなければいけないこと、すなわち仕事として、という意味もあるのだけれど、そういう話以前に、私にはもう書くという行為しか残されていない、そんな強迫観念のような思いは日ごとに増している。別に誰かが私の文章を待っているわけではないのに。

たくさんの人に自分の文章を読んでほしいとか、書くことで一旗揚げてやろうとか、そういう思いはほとんどない。

一方でそれなのに、世に出す文章のその大部分は、他者に見られても(ある程度)恥ずかしくないように、自意識という校閲者によって、取り繕われ、整えられている。

考えすぎで言葉に詰まる自分の不器用さが嫌い
でも妙に器用に立ち振舞う自分はそれ以上に嫌い

HANABI / Mr.Children

 


今の仕事をしていると言うと、ありがたいことに「凄いですね」と言ってもらえることがある。

別にもう上手くなんてやろうと思ってない
そもそもこうして今俺が暮らしてる自体が
お伽噺みたいで笑えてくるんだ

お伽噺 / Mr.Children

「凄いですね」と言ってもらう度に、我が身を振り返れば振り返るほど、お伽噺みたいで笑えてくる。だって「どちらかっていうと俺はそっち側の人種」だから。

手前味噌だが、確かに今私が就いている仕事自体は、世間的に凄い仕事なのかもしれない。そしてこの仕事の重みのようなものも理解しているつもりではいる。

でも、残念ながらその仕事に就いている自分は全然凄くない。
全然凄くない自分と向き合うことは明確に苦しいし、胸を張れない自分を情けなくも思う。背伸びして必死に崖にしがみついているだけだから。

 


夢を見失った若者たちは 希望を求めて文学を
はたまた 汗まみれのスマートフォン
握り締めて詩を書き溜める

ヤングアダルト / マカロニえんぴつ

もっとも、何かを書くという方法を選んだのも、決して前向きな理由ではない。
もはや「選んだ」という思いもない。「選ばざるを得なかった」というのが正しい。

絵も描けない。歌も歌えない。
学校の勉強も別に大得意ではなかったし、楽器も弾けない。
秀でたルックスは持ち合わせておらず、運動神経も良いとは言えない。

何もない、何もできない。

「ない」が積み重なった時、得てして人は物を書く。エッセイなり小説なり日記なり、あるいはSNSへの投稿でも、なんなら自由帳に鉛筆で書き殴るのだっていい。とにかくどこかに、何かを書いてみる。

それで、物を書けると、手ごたえを掴んだ人が物書きになれる。

確かに私には書くことしかできない。
でも、「書くことしかできない」と「書ける」は、残酷なことに必ずしもイコールでは結ばれない。

書くことしかできないのに書けない人間はいる。ごまんといるはずだ。
私も物を書ける人間ではない。だから、物書きにはなれない。

語彙力も無ければ表現力もない、豊かな人生経験があるわけでもないし、革新的なアイデアだってそう簡単に思いつかない。

平凡な自分が本当は悲しい
君のために歌のひとつでも作ってみたい

ペンション/ 岡村靖幸

 

才能

そんな言葉に逃げたくはないけれど、たった一滴でも自分の中に「才」のようなものが備わっていれば――。そんなないものねだりを大人になった今でも、いや、今だからこそ、考えてしまう。

 


それでは、私は何のために書いている?

1つ目の理由としては、それは明確に「自分のため」だ。

「魂の救済」と言ったらそれは少しおっかない表現だけれど、私は自分のために、自分のためだけに何かを書いている。

自分を喜ばせること、そして自分を助けてあげること。
そのために唯一手元に残った手段が、文章を書くということだった。

振り返れば、友だちとワイワイ遊ぶよりも、1人で手遊びをする方が好きな幼少期だった。今じゃ(これでも)ずいぶん社交的になったが、一人遊びが好きだった名残は今も心のどこかにあるのだと思う。

壁に向かって言葉を投げる。
戻ってきた言葉を、また拾っては投げ続ける。
今度は少し投げ方を変えてみる。
跳ね返る軌道が前とは少し違っている。

生産性が皆無の話だけれど、そんなのを客観的に眺めているのが好きなのだ。

ある人が小説を書くじゃないですか
それを引き出しにね、しまって閉める
でそのまま二度とその引き出しは開かなくて
それは読まれることがないとするじゃないですか

じゃあその小説は存在しなかったのかっていったら
僕は「してるでしょ?」って思うんですよね

気持ちが生まれたり、こうしようと思った時点でもうOK

たとえそれがかなわなかったり生まれてすぐに消えてしまったとしても
それは絶対に世界を構成する一部で無駄なことではなかったし
一つの光であるだろうと思って

2025/04/11 NHK「スイッチインタビュー」坂本裕二(脚本家)

 


何のために書いている?

2つ目の理由は、まだ、言葉の力を信じているからだ。

言葉でしか、人と人とはつながれない
誰かと誰かが分かり合えるのは、言葉以外にありえない
それはもう事実としてそこにある

2021/12/7 NHKプロフェッショナル 仕事の流儀」夏井いつき(俳人)

言葉でしか、人は。人と人とは。

 

恥ずかしながら、恥ずかしげもなくいろんなことをいろんな場所に細々と書き残してきた。
そしてそれがどこかに届く、幸運にも届いてしまう奇跡のような経験を幾度も経験してきた。

だから私は書いてしまう。
かつての成功体験に縋るように、宛名の無い手紙を瓶に入れて海原に流す、垂れ流す。

たくさんの人に自分の文章を読んでほしいとか、書くことで一旗揚げてやろうとか、そういう思いはほとんどない。

でも、書くことで、書いたもので、誰かと出会えたのなら――。
そんなことを、期待しているのかもしれない。
自分が満足できればいい、なんて予防線を張りながら、本当は誰かに届くことを祈っているし、きっと誰かに届くのだと信じている、のかもしれない。

壁に向かって言葉を投げ続ける。
戻ってきた言葉を、また拾っては投げ続ける。
そんなことを繰り返していたら、いつの間にかギャラリーがちらほら集まってきて。
壁に向かって投げていた言葉が、いつの間にか相手がいるキャッチボールになって。
そんなことが本当に起こるとするならば、私にとっての書く理由としては十分すぎるほどに幸せなことだ。

きっと魔法のトンネルの先
君と僕の言葉を愛す人がいる
本当の心は本当の心へと届く

アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先) / 小沢健二

 


これからの時代、文章なんていくらでもAIが書いてくれる。
身を削って文章を書く必要性がどんどん薄れていく。

だからこそ「書く理由」を自分の手の届くところに置かなければ、書くしかない人の存在価値はどんどん薄れていく。

書くしかない、書くことしかない、そんな強迫観念のような思いでも良い。それは十分ペンを手に取るエンジンになるのだと信じる。

書くことに追われる自分を助けるのは、また書くことでしかないのだ。

先生
私 頑張るよ
負けないよ
これからも描き続けるよ
だって描くしかないじゃん
そのために生まれてきたんだもん
絵を描く人間はみんな
そのために生まれてきたんだから
下手でもなんでも描くしかないよ
ずっと
死ぬまで

漫画「かくかくしかじか」5巻canvas34

恥でも、無様でも、不細工でも、言葉を通じてしか出会えない人がいるという現実がある限り、私は文章を書いていくのだと思う。

 

僕にしか出せない特別な音がある
きっと きっと

皮膚呼吸 / Mr.Children